緋色のアリエル 閑話1 クララの憂い

 クララが一階に降りると、レオナルドは店のカウンターで薬の調製をしていた。
 薬草を漬け込んだリキュールのガラス瓶にまた別の薬草の粉末を流し入れると、レオナルドは振り返った。
「アリエルとすっかり仲良しですね、『クララ』様」
「そんなに嫌味っぽく言うなよ」
 クララは苦笑いを浮かべ、カウンターの脇をすり抜けるとふかふかのソファにどさっと腰を下ろす。
 レオナルドは一旦調薬の手を止めてお茶を淹れ、クララの前に置いた。レオナルド特製の特殊なお茶だ。良き者には安らぎを、悪しきことを企む者には苦痛を与える。
「しかしあの娘は何者なんだ。本当にただの物知らずな田舎娘のようでもあるし、何か大きな秘密を隠しているような気もする」
 クララはお茶に口を付けた。
 レオナルドは先ほどの瓶を軽く振り混ぜるとアルコールランプの火にかけた。ポコポコと泡が生まれ、次第にリキュールの色が緑から黄色に変わっていく。
「考えすぎではありませんか? 俺にはだたの脳天気なお上りさんに見えましたけど」
 爬虫類のしっぽの燻製を鍋に投げ入れる。液色がしだいに薄いピンクに変わった。
「そうかな……」
 クララはじっと、レオナルドができた液をフィルターにかけるのを見ていた。
「そんなに心配なら、俺がしっかり見張っておきますよ。もっとも、最初からそういうつもりでうちに住むよう薦めたんでしょう」
 レオナルドはため息を吐きつつ紙を取り出すと、そこに陣を描き込んだ。濾過し終えた薬液を陣の中心に置き、手を陣の両側に置いた。陣が輝き、液色が濃いピンクになる。
「頭の良い友人で嬉しいよ。僕も、考えすぎだといいなあとは思う」
 クララは腕をほどいてソファの背もたれに体重を預けた。
「少し話した印象だと、どちらかというと素直で可愛い女の子だしなあ……もしあの子が送り込まれてきた暗殺者だったなら、おとなしく殺されてやってもいいかも」
「どこがそんなに気に入られたのか俺にはわかりませんが、冗談でもそんなこと言わないでください。貴方に死なれたらこの国はお終いです」
 レオナルドは完成した薬をやたら派手な瓶に詰め替え、しっかりと栓をした。これで若返り薬は完成だ。
「わかっているよ。だから、僕が死なないで済むように協力頼むよ、レオナルド」
「言われるまでもなく、全力を尽くしますよ」
 レオナルドは手を止め、クララを見た。
 その真摯な目にクララは満足そうにお茶を飲んだ。
「そういえば、無断侵入についての詮議がまだでしたね」
 レオナルドは笑顔で言った。しかし目が笑っていない。
「え、それ今必要?」
 クララは背もたれから跳ね起き、ティーカップを机に置いた。
「まったく、貴方様はいくら身分があるからって傍若無人過ぎます。出会い頭に抱きつこうとは何事ですか……」
 レオナルドが机の上の後始末をしながらぐちぐちと始めた。
 クララは経験上、ここで口を挟むと一喝されて、さらに叱責が続くと知っているので、おとなしく聞いていることにした。

 レオナルドは言いたいことを一通り言い終わると、一礼すると使い終わった鍋や瓶を持って、店の奥に引っ込んだ。奥の台所に置きに行ったのだろう。
 ちょうどそのタイミングでアリエルも二階から降りてきた。レオナルドから洗い物の任を受けている。
「さて、吉と出るのか凶と出るのか……」
 クララは席を立ち、アリエルにもお茶を飲ませてみようとティーカップを棚から取り出した。