かみさま的日常風景。 秋を呼ぶ。

 幽王は何か予感めいたものを感じ、仕事の手を止め、ふと外を見た。
 幽王の居城、髄晶宮があるのは当然幽王の領地内だ。幽王の領地ということは、すなわち夜の世界。窓の外にももちろん闇が広がっている。
 その闇を一筋のするどい光が突き抜けていった。その後ろを暖かな光の塊が追いかけてゆく。
 あれは何だと、幽王は窓際まで来て目を凝らした。
 どうやら暖かな光の塊の方は彩王らしい。そして、その前をゆくするどい光は鳥のようだった。
 彩王はあれを捕まえようとしているのかと判断し、幽王は鳥の方に手を伸ばした。
 すると、鳥の周りの闇が揺らぎ、鳥を捕らえた。程なく彩王がそれに追いつき、鳥を回収すると彩王の領域の方に帰っていった。
 静寂な闇が戻ったことを確認すると、幽王はゆったりと仕事机に戻り、近々行われる祭りに関しての書簡に目を通し始めた。

 しばらくすると、ばたばたと騒がしい足音が近づいてきた。
 幽王は、静かに仕事ができるのはここまでかと苦笑すると扉を開き、足音の主を迎えた。
 果たして現れたのは彩王だった。
「幽王! 先ほどのは其方じゃろう、助かった!」
 そう言って、手土産らしい白い棒の様な物を幽王につきだした。
「……なんですか、これは?」
「早う受け取れ、そして食え。溶ける」
「だから、これは何なんですか」
「下界の菓子で、ばにらあいすというものじゃ。冷たくて甘いのじゃ」
 彩王はじれったそうにもう一度棒をつきだした。
 よくよく見ると、彩王は白い棒に突き刺さった薄い木の板をつまんでいる。そこを持って食べるらしい。
 幽王は少し呆れながら、それを受け取った。
「また下界に行ったんですか?」
「うむ、暑かったぞ」
 そう言って、彩王も自分用に持っていたもう一本のばにらあいすを舐め始めた。
 幽王もそれに倣って舐め始めようとして、はたと手を止めた。
「暑かった、ですって……?」
「うむ、暑かったのじゃ」
 今の下界の季節は立秋、秋の気配が感じられる頃とされている。しかし、彩王があえて言うほどに暑いということは。
「……季節の巡りが滞っているということです?」
 幽王の呟きに彩王は頷く。
「さきほど妾が追っていた鳥は金烏じゃ。夏が盛りすぎたので、元気が有り余ってこちらの方まで飛んできてしまったらしい」
「それは、困ったものですね……」
 夏は彩王の管轄で、秋は幽王の管轄だ。
 例年はそれぞれの季節を任せた配下の神に季節の巡行を任せていたが、今年は上手く季節の受け渡しができなかったらしい。
「綺蘭の様子を見に行きましょう」
 幽王の提案に、彩王は神妙に頷いた。
「しかし幽王、その前にあいすを食べてしまった方がよいぞ」
 彩王の言葉にばにらあいすを見れば、溶けて幽王の手にたれ始めていた。
 その時の幽王の様子は、彩王に「めったに見られないものが見られた」と後々からかわれることになった。

 二人は天界の西方領域にやってきた。この辺りは幽王の配下で秋を司る神、白閃金帝が治めている。
 幽王と彩王は陰陽の気の流れを司る神として、永遠に等しい時を生きるが、その配下の者達には寿命がある。神に連なる者として非常に長い寿命だが、それが来れば代替わりをする。
 現在の白閃金帝は、名を綺蘭といった。
 二人は綺蘭の住んでいる珠璃邸を訪ねた。しかし、どうにも人の気配がしない。扉を叩いても無反応だ。
「まさか、留守なのでしょうか……?」
「それは困ったのう。幽王、自分の部下の様子くらい把握しておくのは大事じゃぞ? じゃから妾はしょっちゅう出歩いておるのじゃ」
「貴女のは、単に出歩きたいからでしょう」
 そう言いつつも、確かに自分の監督不届きであったと幽王は反省した。
 ずーんと沈んでいる幽王をさらりと躱し、彩王は扉をこじ開けて屋敷の中へ入ろうとした。
「ちょっと彩王、いくら何でも勝手に入っては綺蘭に悪いですよ」
「しかし、その綺蘭がどこに居るのか分からんのじゃ。ひょっとしたら居場所の手がかりが見つかるかもしれんぞ」
 そう言って、さっさと入ってしまった。
「後で文句を言われたら、貴女のせいですよ……」
 幽王も彩王に続いて珠璃邸に入っていった。

 屋敷内はやはり静かだった。
「いくら幽王の部下じゃからて、こうも静かである必要はなかろうに」
 彩王は不満顔だ。
 幽王も首をひねる。
「綺蘭は私の配下にしては賑やかな質なのですが……これはおかしいですね」
 二人は屋敷内を丁寧に見て回った。しかし、何の手がかりも見つからなかった。
「ふうむ……綺蘭はどこに行ってしまったのじゃ……」
「ここに居ないということは、兄弟のところにでも行ってるんでしょうかね」
 幽王の言葉に、彩王も思案顔になる。
「では、緋凰のところにも行ってみようかの」
 幽王も異論は無く、二人は珠璃邸を後にした。

 今度は天界の南方領域にやってきた。ここは彩王の配下で夏を司る神、朱爆火帝の領地だ。
 朱爆火帝も白閃金帝と同じく代替わりする神で、現在は緋凰という者が務めている。
 彼らのような存在はあと三人居て、東方を治める蒼嵐木帝の薫幟、北方を治める玄流水帝の江姫、そして彼らのまとめ役の黄遥土帝の穣岩だ。
 この五人はお互いを兄弟姉妹と認識しており、交流も活発だった。
 二人は緋凰の住処、瑚雀邸を訪れた。
「……大層忙しそうですね」
「賑やかなのは良いことじゃ」
 幽王が顔をしかめたのに対し、彩王はニコニコと屋敷に入っていった。
「また貴女は! いくら配下の屋敷とはいえ、礼を失していますよ! 下界で言うところの不法侵入です!」
「幽王、頭の固いことを言うでない。それに、この天界では我らが法じゃ!」
 彩王はフハハハと愉快そうに行ってしまった。
 幽王は、自身の片割れの傍若無人ぶりに頭が痛くなりつつ、彩王を追いかけた。

 屋敷内の広間を覗けば、案の定緋凰が酒盛りをしていた。采女達は忙しそうに酒瓶やごちそうの乗った盆を運び、空になった物はさっさと片付けている。
 その広間の一角で采女達が静かに座り、大きな芭蕉扇を静かにあおいでいた。
「緋凰、何の祭りじゃ?」
「これは、彩王様。綺蘭が季節の引き継ぎに来たので、ついでに酒盛りをしていたのです」
 彩王が無邪気に緋凰の前に飛び出せば、緋凰も酔っ払いながらも跪拝した。
「綺蘭は早々に酔いつぶれてしまいましたが」
 そう言って、広間の一角を示した。芭蕉扇であおがれているのは、どうやら綺蘭らしい。
 幽王も静かに彩王に続き、緋凰の前に姿を現した。
「おや、幽王様まで。お二人揃って、何かありましたか?」
 緋凰は再び、幽王に対して跪拝した。幽王は呆れたように眉間にしわを寄せた。
「緋凰、妹との酒盛りも結構ですが、仕事を忘れないでください。君は『早々に』と言いましたが、とうに立秋は過ぎています」
 緋凰はぽかんとし、それから手元に気候儀を出現させた。
 気候儀は、わかりやすく言えば暦と時計が一つになった物で、主に太陽と太陰と下界を示す三つの球体からなる。これらの位置で季節や時刻を確認することができる。
 緋凰は球体の位置を確認すると、「うお、やっべえ!」と立ち上がり綺蘭をたたき起こした。
 綺蘭はもう酔いは無いようだか、眠気が堪らないようだった。
「兄様、何よ急に……」
「綺蘭、これ見ろ!」
 そう言って緋凰は綺蘭に気候儀を示した。
 綺蘭はしばらく焦点の定まらない目をしていたが、しばらくして兄と同じように「うお、やっべえ!」と飛び起きた。
 そして、彩王と幽王に気づくと慌てて跪拝した。
「お見苦しいところを……」
「そんなことより、早く勤めを果たすのじゃ!」
 彩王は長い袖をブンブンと振り回している。
 緋凰と綺蘭は揃って彩王と幽王に一度礼すると、広間の奥の祭壇に立った。
 緋凰が気候儀をかざすと、周囲から気が集まってきた。そして一つの大きな赤い光球になり、緋凰はそれを綺蘭に渡した。
 綺蘭がそれを受け取り力を込めると、光球は白に色を変えた。それを天にかざせば、光球は再び気の流れとなり、四方に霧散していった。綺蘭の手には気候儀が残った。
 しばらくして、下界からひぐらしの鳴く声が聞こえてきた。季節が上手く巡ったらしい。
「どうやら、無事終わったようじゃの」
 季節の受け渡しを、息を詰めて見守っていた彩王はほっと息を吐き出した。
「冬への受け渡しはこうならないように、きちんと注意しておくことにしますよ」
 幽王も嘆息した。
 主な儀式を終えた緋凰と綺蘭は、細かい調整のために二人の前を辞した。
 瑚雀邸の采女達が主の命か、二人のもとへ酒やもてなしの盆を運んできた。
 しかし二人は「用も済んだし」と、盃一杯の酒だけ受け取って帰ることにした。

 宮殿へ帰る途中、彩王は上機嫌にぴょんと天の川のほとりに飛び出した。
 屈託のない笑顔を幽王に向ける。
「幽王、これで滞りなく星逢いの祭りを行えるのう!」
 その笑顔を見て幽王は、彩王が来る直前まで目を通していた書簡の内容を思い出し、ああそうか、彩王も女の子だなと思った。
「ええ、そうですね。これなら牽牛と織女の逢瀬も問題なく果たせるでしょう」
 神様とは言え、恋愛ごとが好きらしい。そう思うと、幽王はつい口元に笑みを浮かべた。
 彩王は少し不満顔になった。
「幽王、お主は何を言うておる。星逢いといったら索餅じゃ!」
 そういってぷいとあちらを向いてしまった。
 本気で言っているのか、照れ隠しなのか。
 幽王は、彩王ならば本気で菓子の為だけに動きかねないと苦笑した。
「……そうですね。では、とびきりのを用意しましょうか」

 天の川の中では、数多の星がきらきらと輝いていた。