かみさま的日常風景。 豆を撒く。

 ばちばちと何か堅い小さな物が壁に当たる音がして、幽王は書簡を繰る手を止めた。
 次第に音の中心は幽王の室に近づいてきて、やがて扉の前までやってきた。
 そして、「鬼はー、外!」の陽気な声と共に、案の定彩王が現れた。扉の開けしなに、幽王に向かって豆がまかれる。
「……彩王、私は鬼ではありませんが」
 ああ、春の節分の時期だな、などと考えながら幽王は眉をしかめ、机に散らばった豆を丁寧にひとまとめにして脇によけた。
「では、福はー内、じゃ!」
 そう言って彩王は再び豆を幽王にぶつけた。幽王は再び静かに豆を机の隅に集める。
「確かに貴女のまいた豆ならば効果は高そうですが、そもそも豆は他者に向かって投げるものではなく、鬼に向かって投げるものではありませんか?」
 幽王は静かに立ち上がり集めた豆を手に掬うと、それを窓から外に放り投げた。まもなく白い鳥たちが集まってきて、豆をついばみ始める。
「そもそも、節分には少々早いです」
 天界では、それぞれの季節を司る五帝と呼ばれる五人の神がいる。地上の季節と対応する神が『気候儀』を管理し、季節が変わる時、つまり節分には気候儀を次の担当者に渡す儀式がある。
 次にこの儀式が行われるのは四日後の予定だ。今も幽王はこの儀式の準備に関する報告書を読んでいたのだ。
「次の節分では、季節が私の領域から貴女の領域に移りますからね。前々回の失敗を繰り返さないよう、貴女も真面目に仕事をされた方が良いのでは」
「うむ、しかし彼の二人と違って薫幟も江姫も真面目じゃからな。妾が殊更真面目にする必要はなかろう」
 前々回、つまり夏から秋に季節が渡る時、担当の神達が酒宴で酔いつぶれて一時季節が滞ってしまった。前回の秋から冬に移る時は二人とも幽王の配下であるためあまり注意しなくとも良かったが、今回の儀式では彩王の配下である春の神が関わってくる。そのため、幽王は今回の儀式に神経をとがらせているのだ。しかし、彩王はのんきなものだ。
「それに、こうして妾自ら邪気払いに手を貸せば、恐れることは何もなかろう。ほれ、鰯もあるぞ」
 彩王は着物の裾から生の鰯の頭を取り出した。
「何で生なんですか、普通焼いた物でしょう! 生臭いです! あと柊もないじゃないですか」
 幽王が鼻を押さえたので、彩王は少し残念そうに鰯の頭を見て、火を呼ぶまじないを呟いた。鰯の頭がこんがりと焼き上がる。
 それから外を見た。
「柊はほら、お主の領域に属するものじゃし」
 つかつかと幽王の脇を通り抜け、彩王はひらりと窓から庭に飛び出した。豆に集まっていた鳥たちが驚いて、一斉に飛び立つ。
「ちょうど良い柊があるではないか」
 そう言って、庭木の柊にぐっさりと鰯の頭を突き刺した。
「うむ、これで髄晶宮の魔は払われたのう! ではな!」
 彩王は幽王の返事も聞かずに、満足げに庭から去って行った。
「……相変わらずむちゃくちゃな人だ」
 幽王は小さな背中を見送った後、机に戻って書簡とにらめっこを再開した。



 その数刻後、地獄の人事担当の鬼から
「彩王様をどうにかしてください! 多くの鬼達が彼女の豆に当たり、当分の間仕事ができなくなっております!」
 との嘆願が届き、幽王の頭をさらに悩ますことになった。