緋色のアリエル 第10話 噂話(早期公開版)

「やっっっっと着いた……」
 昼前には森を出たというのに、玉都の北側の城壁の門をくぐる頃には、太陽がもう頭の真上を少し通り過ぎていた。
「子供の体力、甘く見ていた……すっごく疲れた……」
 門をくぐり抜けると、街道脇にある小さな休憩所のベンチに、レオナルドは両手足を投げ出して倒れ込んだ。
「お疲れ様、レオ。でも、ちゃんと宣言通り全部自分の足で歩けたじゃない。えらいえらい」
 ふふっと笑って、アリエルも倒れているレオの傍らに腰掛け、その頭を撫でた。少し触っただけでも分かるくらいにフードが熱くなっている。レオナルド自身の頭は大分茹で上がってしまっているだろう。
「子供扱いは、よしてもらおうか……」
 手を上げるのもだるいといった様子で、ゆっくりとアリエルの手を払いのける。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼にしようか。それとも食べる元気もない?」
 鞄の中からパンを取り出し、野菜と干し肉を挟んでレオナルドに差し出す。
「いや、いただこう……」
 のそりと起き上がると、レオナルドは差し出されたそれを受け取った。
 アリエルも自分の分を作り、かぶりつく。
「ところで、ここ十一時通りの北の端よね? いくら貴族街だからって、静かすぎない? 人の気配が無さすぎるというか」
「あっ」
 レオナルドは口を開きかけて何か言いよどみ、言葉を選ぶようにもう一度口を開いた。
「もうじき寒期が明けるだろう? それで今日は、聖霊祭のために王族の方々が首都から玉都城にお渡りになる日だ。貴族の方々は出迎えに行っているんだろう」
「立夏のお祭りね。さすがは歴史の古い街、王族が来ちゃうんだ。クララのお家の用事もそれかしら」
「まあ、関係はしているだろうな。しかし、この様子では十二時通りや中央広場は人混みがとんでもないことになっているぞ。なるべく裏道を通って帰るか」

 しかし結局。
「どこもすごい人だな……毎年の事ながら、今年はまた一段と多い気がするぞ」
 人に半ば流されなからレオナルドがつぶやく。あまりの人の多さに、はぐれてしまっては大変だからと、レオナルドはついに観念してアリエルに肩車されていた。
「くそっ普段ならこんな羽目にはならなかったのに」
 裏道を駆使して中央広場の近くまでなんとかやってきたが、まだまだ先は長い。
「おや、そちらで肩車されているお子様は、薬師のレオナルドさんじゃないですか」
 聞き覚えのある声に二人が振り向けば、銀細工師見習いのジョージだった。
「ジョージさん、こんにちは。すごい人ね」
 アリエルが挨拶し終わらないうちに、ジョージは器用にふたりに近づくと、レオナルドをひょいっと持ち上げて自分の肩に乗せた。
「レディにこんな重いもの担がせるわけにはいかないからね」
 そういって、ぱちりとウインクした。アリエルは、ただの軟派野郎だと思っていたジョージの評価を少しだけ上方修正した。
「ありがとうございます。正直、そろそろちょっと疲れてきてました」
「ナイスタイミングで会えたかな、良かった。ところで、レオナルド。普段の君なら、こういう祭りには顔を出さないものだと思っていたけれど」
「ああ、祭りに来るつもりは全く無かったんだが、それをうっかり忘れて朝早くにでかけちまった帰りだ」
「そりゃ災難だったね。しかも、ちょうど今、王太子様がここをお通りになる時間だよ。一番混んでいる時に当たってしまったね、ほら」
 ジョージの示す方を見てみると、確かにひときわ絢爛豪華な馬車が通りかかっているところだった。歓声を上げる人々の頭越しなのではっきりとは見えないが、ふんわりと輝く金の髪の青年が、周囲の人々に手を振っている。
「あの金髪の方が、王太子様?」
「そうだよ」
「金の髪だからか、少しクララに似ている気がするわ」
「まあクララさんもどこかの貴族のお嬢様だろうから、どこかで王族と血縁関係があるかもしれないな」
 王太子の乗った馬車が遠ざかるに連れて歓声は落ち着いていったが、またわっと歓声が上がった。
「今度は誰?」
 先程の馬車に比べると落ち着いてはいるが、十二分に豪華な馬車がゆっくりと進んでいる。乗っているのは、王太子とはまたタイプの違う凛々しい金髪の青年だった。
「あれは、第二王子様だな」
「なんだか、王太子様より『王様』っぽい」
「あはは、確かに野心家でいらっしゃるって噂はあるな」
「野心家?」
「王太子様をお産みになった第一王妃様と、第二王子様をお産みになった正妃様では、正妃様の方が家格が高いからね。血筋の劣る王太子様より自分のほうが王位継承者として相応しいと思っていらっしゃるらしいよ」
「それは……絶対ごたごたが起こるやつでしょ、田舎者の私でもわかるわ」
「そうだなあ、王宮内でも派閥ができているみたいだし、いつか何か事件が起こらないといいけど」
「ふーん……」
 そう言っている間に、第二王子の馬車が目の前を通り過ぎていく。
 その時、アリエルははっとした。確かに、第二王子と目が合った。そして、その第二王子の口元が笑みの形に歪むのを見た。
「アリエルちゃん、じっと見つめちゃってどうかした? もしかして、ああいう野心でギラギラした男が好み?」
 ジョージに声を掛けられ、アリエルは自分の体が思ったよりも強張ってしまっていたことに気づいた。
「あ、いえ、何でもないわ。王子様と目が合っちゃった気がして、緊張しちゃっただけ」
「なんだ、王子様に興味なさそうだと思っていたけど、アリエルちゃんも女の子だね。残念だけど、これだけの人出の中だ。きっと印象に残るのは難しいと思うよ」
「……ごたごたを起こしそうな王子様に見初められるなんて、ごめんだわ」
 そんな話をしていると、続いてまた華やかな小ぶりの馬車が来る。今度の馬車の窓には薄いヴェールが掛けられていて、中に人が居ることはわかるが、その姿ははっきりとはわからない。
「あれは第一王女様の馬車だな。さすがにお姫様の顔は見られないか」
 それも見送ると、騎兵隊の行進が続く。
「王族の方々の行進はこれで終わりかな。パレードはまだ続くけど、アリエルちゃんどうする? 帰るって言うなら、このままレオナルドも連れて行ってあげるけど」
「そうね、レオも疲れているみたいだし、大通りに人が集中しているうちに帰ったほうがいいかもだわ。レオもそれでいいわね?」
 ジョージの肩の上のレオナルドに確認してみるが、返事がない。振り仰げば、ジョージの頭に身を預け、完全にレオナルドは寝てしまっていた。
「マジかよ! 本当に子供体力だな。いいよ、このまま帰ろっか」