彼岸花つれづれ。

 今年もまた秋が来た。
 秋を司るのは白閃金帝の綺乱。普段は天界の西の領域に居を構えている。彩王と幽王は秋の訪れを確かめに、西方領域へと足を運んだ。
 西方領域との境界を表す河岸では、彼岸花の群生があたりを赤く染め上げていた。

「見事な彼岸花じゃ。下界では秋の彼岸の頃に咲くから彼岸花なんじゃったかのう」
「そうですね。他にも仏教由来で曼珠沙華、英語ではスパイダーリリーなどと呼ばれる花ですね」
「学名ならリコリス・ラジアータ。他にも『はっかけばばあ』と呼ぶ地域もあるそうじゃぞ!」
「なんですか、そのひどい命名は……」

 二柱の神は、しばし河岸を散歩してゆく。
 どこまでも美しい紅が続いている。

「それにしても、曼珠沙華は『天上の花』という意味じゃったかの? まさに天界にふさわしい花とも言えるものじゃが、日本でのイメージは必ずしも良いものではないようじゃな? なぜじゃろうか」
「だいたい墓地に生えているからじゃないですかね」

 幽王は戯れに、近くの一輪を手折った。

「昔の日本は土葬の国だったでしょう。そのままにしておくと、野生の獣が血の匂いに寄って墓を掘り返してしまうのですよ。彼岸花の根には毒があります。ゆえに獣避けに墓地の周りに植えていたのですよ」

 言いながら幽王は、手折った彼岸花を彩王の髪に挿した。

「この目の醒めるような赤が血や火を連想させることも、あまり良いイメージではないのに一役買っているかもしれませんね」
「そのような花を女子に贈るそなたの神経がわからぬ」
「私と貴女の仲でしょう……」

 幽王は照れもせず、本気なのか冗談なのかすら分からない真顔のままである。

「そなたはほんに、表情筋が死んでおるのう……」
「私は死を司る者なので。生を司る貴女には生命力を象徴する血の赤が、良く似合います」
「たぶん、褒め言葉なんじゃよな……?」

 長い時を共に過ごしてきた、いわば互いの半身のような二柱である。友情だの恋愛感情だのといったものとは無縁だったが、それでも彩王は幽王からの贈り物を嬉しく思った。



「彩王が乙女みたいになってる!」

 頭に彼岸花を挿したまま白閃金帝の住まいである珠璃亭に現れた彩王に、綺乱は多いに驚いた。
 そして、そのままでは彼岸花の簪は萎れてしまうだろうと花の形をすぐさま写し、後日銅製の彼岸花の簪を完成させてしまった。
 金華宮に綺乱自ら届にきて、彩王は呆れてしまった。

「何をしておるのじゃ……」
「や、せっかく可愛くしてたんだからと思いまして。ところで見てください、この赤を出すのに苦労したんですよ! これは下界の細工師がやっていた技法なんですけどね。銅の還元焼成で出している色なので、簡単には消えないんですよ!」
「何を言っているのかさっぱりわからんが、才能の無駄遣いなのじゃ……」
「無駄なんてことないですよ! 私は金属加工も司る者なので!」

 綺乱は見よう見まねで再現するのがいかに難しかったか生き生きと語り出した。自分の領域の話となると立板に水になるのは、いったい誰に似たのか。少なくとも直属の上司である幽王はこんなにも口数は多くない。
 それとも、幽王も自分の領域のことでは饒舌になるのだろうか。

 綺乱の熱弁を右から左に聞き流し、彼岸花の簪を弄びながら彩王はそんなことを考えていた。